末期の胆嚢ガン…そして余命宣告【大腸がん(直腸がん)闘病記2】

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年が明け、2013年になりました。

年末年始も働いたので3ヶ月半休み無しです。

 

突然の余命宣告

1月9日の午前中、実家の姉から携帯に着信。

仕事中は絶対に電話するなと言ってあるので
何となく嫌な予感がしました。

 

社長に断り急いで店の裏口に出て携帯をかけ直すと…

姉が声を詰まらせながら

「昨日、母さんが検査入院したんだけど…」

「うん」

「末期の胆嚢がんで余命3ヶ月と言われた」

「嘘だろ…」

 
私はその場にしゃがみ込んでしまいました。

 

今月いっぱいで実家に帰って親孝行するつもりでいたのに…

何でこのタイミング…

 

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社長との衝突

今月いっぱいで退職して、来月早々には実家に帰る予定でしたが
母の余命宣告を聞いた以上流石にそれは無理です。

 

直ぐにでも帰りたい気持ちですが、1月の13日と14日は連休。

店が忙しいのは目に見えてます。

 

どうしようか…

散々迷いましたが連休までは残る事にしました。

 

これは私なりの精一杯の社長へのお礼のつもり…

 

だったのですが…

 

「1月いっぱいまでの約束だったから、そのつもりで人材の予定を立ててたんだよ
  急に辞められたら店が回らないから困るよ」

「どうしても辞めると言うのなら代わりの人を見つけて来いよ
  でなきゃ辞めちゃダメだよ」

「社長にとっては、お店が1番かもしれませんが、今の私には母の事が最優先です
  余命宣告を聞いた以上、はい、わかりましたと言うわけにはいきません」

「店はどうすんだよ!!!」

「一応がんばって、人は探しますが見つからなくても連休で辞めます」

「くぁwせdrftgyふじこlp!!!」

 

もう社長は大激怒です。

 

今まで店の為社長の為と思い、色んな事を犠牲にして必死でがんばってきたのに
最後はこんな終わり方なのかと思うとちょっと寂しかったです。

 

でも何と言われようと帰る気持ちに変わりはありません。

どうせあと4~5日の辛抱だし。

 

寮に帰ってコンビニ弁当を食べていたら携帯が鳴りました。

 

社長でした…

帰郷

「コースケちゃんゴメン」

「えっ!?」

「あの後他の奴らから、代わる代わる携帯かかって来てさ~

  参ったよ~

  みんなに怒られたよ~

  俺、社長だよ~

  ねえ~俺社長だよ~

  みんなえらい剣幕でさ~

  俺社長なのにさ~

  まあ、冷静に考えたら普通すぐ帰るよね~

  コースケちゃんに甘えすぎてたかもね~

  連休まで残ってくれるのは感謝しなきゃね~」
 
 

「というわけで15日までよろしく頼むね」

「はい、わかりました、ありがとうございます」

「俺、社長なのに…」(笑

 

従業員のみんな、私のために社長に言ってくれたみたいです。

コレって私の人望?(ドヤ顔

 

違和感は相変わらず続いてましたが4ヶ月間、休まずやりきりました。

 

その後、東京が大雪で荷物が送れず
予定がずれてしまいましたが18日に無事、実家に帰る事が出来ました。

 

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